2013年5月20日月曜日

『恋愛小説 ふいんき語り』感想


『恋愛小説 ふいんき語り』麻野一哉 飯田和敏 米光一成
読了

3人の著者が恋愛小説20作品について語り合い論じ合うという方式がとられている本書。
実にコミカルな文体で読みやすい。こさささこ氏による1Pのあらすじマンガも本書に花を添えていていい。
取り上げられている作品は、
吉屋信子『わすれなぐさ』
瀬戸内寂聴『夏の終り』
有吉佐和子『不信のとき』
吉本ばなな『キッチン』
村山由佳『天使の卵』
林真理子『恋』
川上弘美『センセイの鞄』
江國香織『東京タワー』
水村美苗『本格小説』
綿矢りさ『蹴りたい背中』
小川洋子『博士の愛した数式』
姫野カオルコ『ツ、イ、ラ、ク』
恩田陸『夜のピクニック』
絲山秋子『袋小路の男』
島本理生『ナラタージュ』
桐野夏生『魂萌え!』
本谷有希子『生きてるだけで、愛。』
美嘉『恋空~切ナイ恋物語』
山田詠美『無銭優雅』
という昭和初期の作品からケータイ小説までと幅広い。

私がこの20作品の中で読んだことがあるのは、
綿矢りさ『蹴りたい背中』、姫野カオルコ『ツ、イ、ラ、ク』、島本理生『ナラタージュ』のみである。
(『キッチン』、『夜のピクニック』、『恋空~切ナイ恋物語』に関しては読むのを途中で断念した)
『蹴りたい背中』は高校生時に、『ツ、イ、ラ、ク』は大学に入ってから、『ナラタージュ』に関しては小学生のころにそれぞれ読んでいる。
1960年代生まれの著者たちと、20歳の私ではだいぶ違う見方になると思いきや
殆どその見解は一致していたことが面白い。
『ツ、イ、ラ、ク』と『ナラタージュ』
私はまだ若いけれど前者が好きだ。
しかし読んだ当時が小学生だったと事情を考慮しても後者はどうも好きになれなかった。
たんに面白くなかったしなんにもない話だった気がする。
同じ教師と生徒ものだというのにね、ここまで違うかと。VSで語られている章があるが私は
飯田、麻野両氏に全面的に同意だ。

また話変わって『恋空』
一時期ケータイ小説にはまっていた頃があった。なんていったってケータイ小説が一大ブームと化していた時に私は中学生だったのである。
主な読者層である中高生、ストライクゾーン真っ只中。
『天使がくれたもの』なんかのChaco氏の作品は好きで書籍も購入していた。
し、か、し、ケータイ小説の金字塔『恋空』は読めなかった。
途中まで読んで力尽きた。当時中学生だった私は、はっきりと合わないと思った。
まあ本作でも酷評されてますが3氏が読み切ったことに拍手を送りたい。
で、米光氏が
<もう気にしないで??過去の話だから>。これはなぜ<?>なの?<。>じゃないの?
と疑問を投げかけている。
これに関しては私はニュアンス、それこそ雰囲気(ふいんき)で理解している。
小首を傾げて窺うような、ね?という意味を含んでいるとたぶん私くらいの年の子なら受け取れると思う。ともすればこれは、知識がある人だけがメタファーに気付くのとある種近い構造を持っているのかもしれない。
ケータイ小説は新しい。新しさの中に独自の文化を内包している気がしてならない。これがジェネレーションギャップかなーなんてふわふわ思ったり。





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